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| ■エジプト・カイロ |
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子供の頃から憧れる場所が3つあった。ひとつは万里の長城。中国の歴史マンガからロマンを感じたせいだろう。ローマのコロセッテオにも行きたい。80年代までのハリウッド映画は壮大だった。その象徴がコロセッテオである。あるいは格闘技好きの影響か???最後はギザのピラミッドの中に潜入??するという夢である。あの巨大でミステリアスな建築、守護神のスフィンクスを含め、よく夢の中に出てきた。王の権力の象徴?宇宙人が作った?あるいは雇用対策としての公共事業?いまだに興味が尽きない。
カイロにはナイルを中心に様々な建造物がある。大きくわけて、ナイル東岸は現世の建物、日の沈む西岸は死者に纏わる建物がある。つまり東に宮殿、西に神殿があり、ピラミッドがある。
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ピラミッドの中は意外なほど広い。想像した空気の薄さも感じもしない、少し涼しく感じる程度である。よじ登ってみたいが、数年前に人が落下して亡くなったため、現在は中止している。周囲には[ラクダに乗せて幾らのおじさん]がたむろする。はっきり断らなければ、無理に乗せ、お金を要求される。
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帰りのタクシー では、運ちゃんが、子供が3人いて生活が困窮しているといって、告げたホテルまで行ってくれない。1$と日本からの和菓子を差し出す。公衆トイレを出た瞬間、タオルを突き出され、受け取ったら最後1$要求される。ホテルの庭を掃除しているオジサンに花を指差し、何という名前の花ですか?質問したら、「フラワー」と答え、またも当然のように1$要求される。このようなバクシーシの感覚に慣れだしたら、この国は実に面白い。
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途中ルクソール神殿(ここは圧巻)に寄ったら、何と考古学の吉村早大教授がいる。テレビの仕事らしい。何だか得した気分。こういうことは続くもの。帰国後、自宅近くのユニクロに行ったら、WBSコメンテーターの経済学者吉村明大教授を見かける。犬と散歩する名取裕子ともすれ違う。
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ケンドー・コバヤシともすれ違う。コンビに立ち寄ったら阿藤快?が立ち読み中、極めつけは侍士朗越中(プロレスラー)が、スパーで買い物をしていた。不思議に続く。
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| ■カンボジア・アンコールワット |
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カンボジアと日本の間では直行便がない。したがって通常はタイ経由かベトナム経由でカカンボジアに入る。今回はホーチミン経由でプノンペンに、プノンペンからアンコールワットのあるシェムリアップに入った。ここの空港は2つの点ですごい。待合室がないのだ。隣の軽喫茶で珈琲を飲み5$取られる。また、普通空港には荷物が出てくるベルトコンベアーがある(正式名称は知らない)。それもない。台車に載せた荷物を数十人がかりで、一気呵成に押してくる。手で荷物を持ち走ってくる人もいる。
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アンコールワットはアジアの一級品の世界遺産である。その保存状態が極めてよい。この辺の土地は数年ほっておくと、草木がうっそうと茂り、十数年でジャングル化するため、人の侵入を防ぐ。つまり伝承では残っても、容易に視覚から消えてしまうのである。
その彫刻美の繊細、かつ大胆な構図は古代の人の生活を想起させるに十分な迫力をもつ。
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「水を制する者は支配者となる」の格言どおり、クメール王朝の灌漑技術は相当に高かったようだ。またその湖面がアンコールワットを照らすと、本当に綺麗だ。桃源郷の世界に変わる。
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いたるところで小学生くらいの子供たちがガイドで生活費を稼いでいる。学校に通える子が少なく、というかほとんどの子が学校に行かず、アンコールワットで遊びながらバイトしている感じである。外人相手に耳で憶えた言葉なので、発音が綺麗。日本語、英語、フランス語、イタリア語など、バイリンチルドレンが多数いる。
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| ■ニュージーランド・マウンテンクック |
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富士山に似るその美しさには、それはもうひれ伏すしかない。
数年前の夏に行ったの だが、
草木の生い茂った草原から万年雪の頂を望むなど、
それだけでも極楽の世界だ。
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あたりまえだけども、歩けど歩けど、なかなか麓まで辿り着かない。
それがまた面白い。途中に小川があり、小山がある。妙に大きな岩もある。
湖畔は深いグリーンで神秘的。
この感覚は久しぶり、もしかして初めてかもしれない。
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知っての通り、この国は人より羊の数が多いと言われる。
隣のオーストラリアと比較され「地下のオージー、地上のニュージー」と呼ぶことがある。
これはオーストラリアには石炭を初めとした鉱物資源などの地下資源が多いのに対して、
ニュージーランドには羊を筆頭に豊富な農産物が取れるという意味である。
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車で走ると、道路にポッサム(袋きつね)という小動物の死骸がある。
本来オーストラリアか ら輸入したものが、爆発的に増加したものらしい。
夜行性動物であり、車のライトを見ると固まって動けなくなるらしい。
これが高級セーターなどに化ける。
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| ■ベネチア・サンマルコ広場 |
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ナポレオンをして世界で一番美しい広場と言わしめたサンマルコ広場。ほぼ海抜ゼロ地帯にある中世国家都市ベネチアは不思議な街である。中世繁栄の遺産は見るものを圧倒させざるにはおかない。しかし決して陽気が漂う街ではない。どちらかというと陰の街である。百年後には埋没してしまう悲哀がそう感じさせるのだろうか。どことはなしに影がある。個人的には栄光の残骸にしか見えない。
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イタリアという国は面白い。たとえば「この銅像は××のレプリカですよ、ただし造られたのは500年前です」、という類の話がよく出てくる。500年前のレプリカがその辺に縄も柵もなく無造作に存在するのが凄い。日本なら絶対に《立ち入り禁止》の立札があるだろう。銅像ではなく、建物ならきっと人が住んでいるに違いない。石文化とはこういうものなのだろう。
何よりこの民族は正確さに欠ける。サンマルコ広場から船で向こうの島に渡ろうと思い乗船場に行き、何番の船に乗るかを尋ねる。3番といわれたから、bRの船に乗り込む。船はその島と反対側に行き、しまいに海しか見えなくなる。たくさんいた客も途中の島に下船し、残るは4人。日も暮れ出し、不安が込み上げる。意を決し次の島で降りる。「無人島??」「人影がない??」5分ほど歩き、食堂を見つける。「北京飯店」という漢字表記の看板である。店主に漢字と拙い中国語でサンマルコ広場への戻り方を教えてもらう。
イタリア人は適当、よく言えばおおらか。それにしても中国人はどこにでもいる。
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| ■『中国・青島《孔子様とご対面》』 |
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休みを利用して青島〜泰山〜曲阜を周り、孔廟で亡き孔子様にご挨拶を済ませた。
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青島は大都会である。田舎の地方都市と聞いていたが、7百万の人々の住処だ。視界に海の広がる空気好(kongqihao)の街でもある。ドイツの旧租界地が現存するため、居ながらにしてドイツを感じられるというお得感もある。ちなみに青島が中国ビールに一大拠点(青島ビール)となったのは、ドイツの影響もある。
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泰山は知っての通り中国・五山中の東方の名山で、寿命を司る神様が住んでおられる。歴代皇帝の庇護も厚い。「安泰」の泰の字は泰山の泰である。シンプルに言えば超がつくほど神聖な山である。シンプル過ぎかも??、とかく石段が凄い。かなりの急勾配で、2時間はかかるだろうか?『脚に震えを感じたい』と切に願う人は是非にお試しあれ。途中の店で売る倍値の西瓜が媚薬に思えてくる。
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いよいよ孔子様とご対面である。まず側近の子貢様にご挨拶を済ませ後、孔子様と対面する。すこしドキドキする…、当然だが…千の風になった孔子様は何もお答えにならない…。ただただ清々しい感覚を与えてくださった。感謝、感謝、これで十分だ。理由なき幸福感、これが大事だと、今は思う。幸福に理由があれば、失うと不幸になる。
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帰りの青島までの汽車の中で色々と考える。新幹線「こだま」仕様の列車だと4時間ほどの行程で済む。着いた先が大阪だったらどうしよう?余計なことを考える。
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| ■韓国・安東《柳一族出生の地》 |
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朝鮮史の中でも長期政権を維持したという点では、李氏朝鮮の右に出る王朝はないだろう。その思想的背景は当然ながら儒教である。儒教政治の特徴のひとつは身分の固定制である。日本でも江戸幕府がそうであるように、李氏朝鮮も身分の固定制が極めて強固だ。その最上階に位置するのが、両班と呼ばれる貴族階級である。科挙試験の受験資格、奴隷の売買権、漢文の書物を読書する権利、租税権利、納税免除権(納税した時期もある)など枚挙にいとまがない。「両班にあらんずんば人にあらず」といった感じである。その中でも絶大な勢力を誇ったのが柳一族である。この出身地が安東である。後にこの地は金氏も輩出する。ときに王をコントールし、実質的支配者として君臨する。
町の保存状態が極めて良好で、昔の風景・建物が残っている。地形の利もあり、先の大戦の被害もほどんど受けていない。イメージとしては日本なら移築していない素の江戸村といったところだろう。昔を感じたいならお勧めの街?村?ある。
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いつも思う。韓国の家の塀は何故低いのだろうか?うちのかあちゃんの背丈とあまり変わらない。防犯上の意味が薄いと思うのだが・・・。ちなみに韓ドラ「美しき日々」でチェ・ジュウに恋をしたリュウ・シオンはこの安東柳氏の流れを汲む。確か漢字で書くと柳時元???間違ったらごめんなさい。
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| ■『ロシア2 〜モスクワ〜』
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いつの頃から赤の広場の軍事パレードが気になっていた。戦車やミサイルも交えての行進は見る者を圧倒する。しかし、実際に見ると意外なほど狭い。天安門の広場の1/3もないだろう。大きさは期待はずれだが、その美しさには眼を見張る。本当に綺麗な広場である。個人的にはナポレオンが世界最高の広場と謳ったベネツァのサンマルコ広場より綺麗だと思う。(ナポレオンはモスクワに行った??)。その背後にはクレムリンがある。凄いシュチュエーションだ。ついでにKGB本部も尋ねてみる。見かけは何の変哲もないビル。中に入りたかったが勇気がない。捕まったらどうしよう?(−つかまるわけがないのだが−)。この発想はきっとハリウッド映画の見過ぎなのだろう。
今でこそ資源大国として頭角を現してはいるが、僕が行った頃は苦境の真っ直中にあった。給料の遅延、現物支給は半ば常識化し、市民は街角で物売りをしている。テレビ、犬、椅子などなど…。
五日間ほど過ごした。地下鉄が発達して、非常に動きやすい。この地下鉄には一切の広告がなく、壁は彫刻が施されている。美術館、劇場も建物自体が芸術の域に達している。本当に本当に綺麗な街である。今後、広告で溢れる街にならないことだけを祈る。世界において、その街の多様性が徐々に失われてゆく光景は残念でならない。
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| ■『ロシア1 〜バイカル湖〜』
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摩周湖を凌ぎ、世界一の透明度を誇るバイカル湖。シベリアの南方にある。バイカル湖の湖畔に位置する街がイルクツークである。手始めに中洲にあるオリオン島を尋ねることにしよう。ランプの宿があるらしい???
地元の人にオリオン島まで何時間かかるか聞くと、『4時間』と答える(多分??)。実際には13時間かかった(速度の遅い船に乗ったらしい)。日本でいえば琵琶湖の中洲まで13時間かかったようなものだから、如何に大きいかがわかる。(約琵琶湖の50倍近くの大きさです)
淡水だというのにアザラシがいるらしい。その深さは最深1500b以上にも及ぶという。進化の過程を見るにはパラガゴスと並ぶほど貴重な領域らしい。
その間、ずっとずっと同じ風景が続く。海にしか見えなし、湖岸の山々も延々と同じ色合い、同じ高さが続く。30分ほどで飽きる。圧倒的な自然の大きさである。
そうこうしているうちに、いつも見る日本の自然はかなり人工的だということに気づく。別の言い方なら良く手入れされている、例えば、京都の竜安寺の置き石や、近くの目黒側沿いの桜に自然美を見てしまう自分に気づく。比べてここの自然はそのスケールがケタ違いで、数十時間も変化しない。ただただ圧倒され怖ささえ感じてしまう。このような自然と対峙するなら、それに抗する発想は生まれない。逆らってもしょうがない。時間を気にしてもしょうがない。自分は小さな石のようなものだから。
12才程度の男の子が125ccのバイクを運転している。法律がないのか?牛がいるけど柵がない?発電機はあるけど2年前から使っていないらしい。ウーン??混乱のままモスクワへ飛ぶ。
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| ■『紹興の旅』
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今回の旅で、中国で庶民をやるには体力がいるということを再認識しました。紹興までは日本からの直行便がありません。まず杭州に行き、杭州から紹興行きのバスに乗ります。まずは切符を買うために並びましょう。ただし皆がきちんと並んでくれるわけではありません。
並ぶ人の横から手が2,3本は出てきます(困惑)。
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そこで、いちいち割り込みの人に「後に行け」(我是前頭、請后辺排列)と怒らなければなりません。こういう苦労が、歳を取ると非常におっくうになるのですね。
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1時間半ほどで紹興に着きます。三輪車の勧誘を振り切り、向かったのは魯迅の生家です。魯迅は中国近代中国文学の父です。口語調作品による微妙な感情表現は日本のファンも引きつけてやみません。仙台に留学経験があり、神田の内山書店とも関係があるようです。
個人的な話ですが、内山書店に入るとき何故か緊張してしまうのは、この辺の事情によります。
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反戦的思想家のため、共産主義から資本家の汚名を着せられずに済みます。生家は保存され、今は観光地と化しています。 この生家は、典型的な中国南方のお金持ちの家です。間口はそう広く感じませんが、奥行きがどんでもなく広く、また悠に10メートルはありそうな高い塀で囲まれています。柱や戸口、あるいは机や家具に至るまで、かなり凝った飾り彫りが施されています。
また家の子供専用の教室があり、当然高名な家庭教師を雇います。時代が時代なら魯迅もきっと科挙試験を目指したのでしょう。
変な言い方ですが、中国のアメリカンドリームを目指す方法の代表的な仕組みは、商売で成功する−政商にのし上がる−その財力を子供に投資し、学問を身につけさせる−科挙に合格する−貴族化するというものです。だいたい3代はかかります。あくまで、家という単位で考えていることがわかります。この国のキーワードは家です。さすがは国家百年の計の国です、スパンが長いですね。
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| ■『北京研修(2)
』
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針灸科の研修では主に白女史に御世話になる。この病院は20代の頃に2ヶ月ほど研修させて頂いた。南宋風庭園も昔のままである。懐かしさにちょっと身をおきたい気分に駆られる…しかし今はひとり行動が許されない。引率者とは意外に厳しいものだ。
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さて研修の内容についてである。非常に面白かったのは重度の頚椎症の例であった。太めの鍼を頚椎横突起に直接当てるように刺す。これは自分が神経痛の論理展開の中で至った『入絡血C』という概念で使う手技と同じであった。
『入絡血C』は血Cが経絡深くに達すると、その場所で身動きが取れなくなり、短期間で骨変性を来すという考え方である。このとき骨に当てるように刺すと、かなり進行をくい止めることができる。
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その後は皆で本屋さん巡り。専門書を原書(中国語)で300冊ほど買っただろうか。皆、途中でお金(元)が尽きて両替に走る。
ひとりで食事に行けないI君、迷子になるTさん、地元の人と仲良くなるY君、デジカメを落とす奴(私自身)と、いつも見られない皆の顔が覗けて面白い。お陰で帰りの飛行機では、成田まで寝たままであった。
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| ■『北京研修(1)
』
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2月末から3月の頭までを北京で過ごした。
訪中の目的は中日友好病院の皮膚科及び針灸科での研修である。総勢19名の旅である。
ちょっとしたツアー旅行といった感じになる。
ということは僕はツアーコンダクターということか(笑)。
〜 中略 〜
皮膚科のメインは"角"である。ここには手足の甲や顔から角が無数に生えてくる患者さんがいるという。
その道の権威の疣(ユウ)先生にお話を聞く。
先生によれば古典的なウイルスによるものだそうだ。
しかしこれだけ大量に角が発生するのは極めて珍しいらしい。手の甲は無数の角のため隠れて見えない。
爪を切るように角を切らないとどんどん伸びてゆくそうだ。長いと数十センチを悠に越える。
我が塾生達にとってよほどインパクトがあったのであろう。眼は見開き、口あんぐしている。
〜その顔の凄さが僕には一番面白い〜。
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| ■『
一国二制度 』
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ちょっと小旅行でマカオへ。これが意外におもしろかった。
マカオと香港は中国である。しかし政治、経済は前宗主国のポルトガル、イギリスのものを踏襲する。 これを一国二制度という。その方が現実に都合が良いということなのだろうか
マカオ経済は圧倒的にカジノで持っている。ギャンブル目当ての世界中の成金さん。
ちょっと探索へ…。ボディチェックへ済ませ、別世界へ突入。皆が皆、目がつり上がっている。
ギャンブルは絶対冷静沈着じゃないと勝ち逃げ・負け逃げができないのに…手首のロレックスは質屋行きだな…。成金さんを目当てに来る本土からお姉さん。何故か胸が同じ大きさなのである。横縦どこから見ても東欧の姉様もいる。『おいおい、どこが中国だ』と叫んでしまいそう。
かつて蹂躙された土地を上手に活かすしたたかさは、さすが政治大国といってよいだろう。
しかし、この地域から徐々に大陸へ向けあらゆる波が伝播する。
今後の中国の動勢はマカオや香港で案外にわかる。
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///////さくら堂通信No、1
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通称《鍼マガ》で
す。
☆ Mr.金子−スリランカに行く!☆
1日〜9日までアュルベーダーを体験するため、スリランカに行って来ました。
スリ ランカはインド洋の島であり、北海道くらいの面積に2000万ほどの人が暮らしています。
その民族の伝統医学がアュルベーダーです。スリランカ版漢方と いったところでしょう。
アュルベーダーのドクターがまず脈を診て診察し、オイルを調合します。その後にオイルマッ
サージを受けます。薬草を引き詰めた低温サウナに入り、 最後はハーブ茶で終了です。
スリランカは常夏の島です。湿気が少なく、汗をかきやすいため、基本的には体から水分や
油分が抜けてしまいます。それを補うため、大量のオイルを使うマッサージが発達したので
しょうね。
逆に日本は湿気が多く、保湿的マッサージは向きません。
日本のオイルマッサー ジは少量で伸ばすようにやるのはそのためでしょう。
つまり、医療は気候風土に影響さ れるということです。
また2000〜3000bの高地はあの有名な世界最大のセイロン紅茶の産地です。
働く人の手当は1日80`摘んで、200円くらいです。当地でもやっと生活ができる程度の
金額です。皆さん紅茶を飲むときは決して粗末に扱わないで下さい。
ところでイギリスはここに汽車を通しています。よっぽど紅茶が欲しかったの で > しょう。
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中医学に基づいた鍼灸治療のさくら堂治療院
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